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ネパールの子どもたちへのインタビュー
第四回

ネパール子どもインタビュー第4回は、CheFuKoが支援する児童養護施設ライジング・ロータス在住のBikhuni Maya Praja(ビク・マヤ・プラジャ)さんにインタビューしました。

18歳のビクは今、ネパール義務教育の最終学年の10年生です。
彼女は10歳の時に施設にやってきたので、施設で約8年間、過ごしたことになります。

ビクはネパール南部、インドとの国境沿いにあるチトワン郡カンダ村で生まれました。以前のインタビューに登場したサンジュと同じ村出身ですね!カンダ村には移動農耕民族のチェパン族が住んでいて、村までは山道を歩いて1日かかります。

ライジング・ロータス施設長のハリさんがカンダ村を2回目に訪問した時に、ビクと出会いました。ハリさんは彼女の家がすごく貧しいのを目にして、家にいた家族9人に、誰かカトマンズで勉強したい者はいるか?と問いかけたそうです。その時、家族の中で一人だけビクが手を挙げました。ハリさんが詳しく説明をしたら、ビクは「行く」と答えたそうです。

その頃、ビクは人の顔を見て話すことができないような子どもでしたが、自分で意志表明をしたというのは凄いですね!!

ハリさんが親に相談すると、親も喜んで、子ども全員を連れて行ってくれと言ったそうですが、施設で預かるのは一家族から一人のみとハリさんが説明し、ビクがカトマンズに行くことになりました。そして、彼女はハリさんと一緒にカトマンズにやってきました。

村にいた頃は・・・

カンダ村にいた頃、ビクは父母、姉、3人の弟、2人の妹の9人で一つ屋根の下に暮らしていました。小さなドアと小さな窓があるだけの煙だらけ小屋で、床に寝るような生活でした。サンダルも履いておらず、素足で過ごしていたそうです。

写真左:村の家 写真中央:家畜の飼い葉を運ぶ男性 写真右:施設に来たばかりの子ども達(後ろに立つ最も背が高い子どもがビク)

当時、学校にはたまにしか通えませんでした。学校まで徒歩2時間かかるので毎日行くことはできず、主に家畜のヤギや牛の面倒を見て過ごしていました。食べ物は、ひえ等の粉を練ったもの(ディーロ)や森から採ってきた野草を食べていたそうです。

施設に来てからは・・・

施設を来てから、ビクの生活は全て変わりました。それまでは、とても衛生的とは言えない環境に暮らしていましたが、清潔な環境に暮らすようになりました。また、村にいた頃はいつも同じものを食べていたそうですが、施設に来てからいろいろな食べ物を知りました。

村ではチェパン語を話していたのですが、施設に来てからネパール語と英語に変わりました。
最初はネパール語も話せなかったので、ハリさんは最初の頃、学校の先生にネパール語で話すように頼んだそうです。ビクが通う学校は英語教育の学校なので、先生達は基本的に英語で授業をします。でもビクは、まずはネパール語を覚える必要ありました。生活する上では、先に施設に来ていたチェパン族の子ども達にいろいろ助けてもらったそうです。

ビクは10歳で施設に来ましたが、学校は幼稚園の年少組から通い始めました。年少でabcを初めて教わり、3か月で覚えたので次に年中組で3ヵ月学びました。そして、年長組で3ヵ月、その次は1年生、その次は3年生といった具合に学年が上がっていきました。

写真:ライジング・ロータスでオンラインの授業を受ける子ども達

10年生の今は、コロナの影響で学校に行けないため、オンライン・クラスで授業を受けています。授業は朝10時に始まり、夕方5時までオンラインで勉強します。

オンライン・クラスはどう?と聞くと、まあまあ、との答えでした。朝、起床してから授業が始まるまでは、わからないところや練習問題等を勉強して過ごし、夕方は宿題をしながら過ごします。全ての教科は宿題があるそうです。

施設での一番の思い出、趣味は?

施設での心に残る思い出を聞いたところ、施設を支援する人達が来て、セレモニーをしたり、皆で踊ったり歌ったりするのが楽しかったそうです。

家族と離れて寂しくなかったの?と聞くと、施設には同じチェパン族の子ども達がいたので大丈夫だったそうです。もともと知り合いではなかったけれど、施設に来てから仲よくなりました。

ビクの趣味は、絵を描くことと歌を歌うことです。好きな教科は社会。あとはコンピューター、理科、英語も好きです。苦手な教科は数学です。

将来の夢は?

ビクの将来の夢は、看護師になることです。

彼女の村にはヘルスポスト(簡易診療所)がなくて、看護師もいません。そのため、病気になったらヘルスポストまで3~4時間歩く、もしくは担架に乗せて運ばないといけないのです。ビクは義務教育の後も勉強を続けて看護師になり、村の人達を助けるのが夢なのだそうです。

チェパン族の村では、どの家も子どもが多くて10人家族などはざらです。そのため、生活がとても大変なので、村の人達に家族計画を伝える必要があります。家族計画をするようになれば、子どもの数が減るからです。年に一度、政府のヘルスポストの人が村に行くだけではそのようなことを伝えるのは難しいですが、村に看護師がいれば、もっといろいろなことができます。

ネパールでは外部団体がヘルスポストを作って薬を提供することも可能なので、ハリさんはビクが看護師の資格を取ったら、彼女の村にヘルスポストを開きたいと考えています。

村の生活には、ドゥッカ(苦しみ、悲しみ)がたくさんあります。部屋がないから皆で寝る、布団がないから床で寝る、石鹸がないから衣類を洗えない、学校がないから通うのが遠い、ヤギや牛の面倒をみないといけない、薪や家畜用の草を運ばないといけない、そういう人生しかありません。施設長のハリさんは、そのような環境から抜け出せるように、一人でも多くの恵まれない子どもに教育を受けさせて、別の人生を歩めるように日々、奮闘しています。

ビクは、彼女の村で一番最初にSEE(中等教育修了試験)を受ける子どもになります。ハリさんは、ビクは前に紹介したバンダナのように満点もしくは、それに近い点数を取れるのではないかと期待しています。

将来は看護師になって村の人達を助けたいという素敵な夢を持つビク。これからの彼女の見守りつつ、CheFuKoスタッフ一同、心から応援しています。

ネパール里親プロジェクトは、様々な家庭の事情で学校へ通うことができない子どもたちが安心して勉強を続けられるように応援するプロジェクトです。詳しくは、こちらをご覧ください。

―「ネパールの子どもたちへのインタビュー」担当より